しろがね つばさ
白銀の翼
帰途に着く前に、ふたりはもう一度売店を訪れることになった。
飛行機の離陸音が聞こえてしまうという女性に会うためだ。
「あら、記者さん。何かわかった?」
売店用のユニフォームを来た40代くらいの女性は、直江をみてにこやかに対応してくれた。
「実はこれをお渡ししようと思いまして。ちょっと手を出して頂けますか」
直江が女性の手に乗せたのは、調達したばかりの"耳栓"だ。
女性が疑問を口にする前に、直江は女性の手を耳栓ごと握り締めた。
「あらあら……」
女性は戸惑いながら直江を見上げる。
「私の目を見ていてください」
言われるがままの女性と視線を合わせて、直江はじっと集中する。
すると、女性の表情が一瞬にして虚ろになった。暗示状態に陥ったためだ。
直江は耳栓を使用している間だけ、一時的に霊力を封じ込める暗示をかけた。
これは慢性的に暗示状態にあると精神を圧迫してしまうことを考慮して、高耶が提案した対策法だ。
「もう大丈夫ですよ」
直江がそう声をかけると、女性がはっと我に返る。
「あら、今私………?」
「もし次に音が聞こえた時は、これをつけて眠ってみてください。きっと何の音もしないはずです」
「……本当に?すごい音なのよ?今までいろんな方法を試したけど、どれも駄目だったのよ?」
当たり前だが半信半疑になる女性に、直江は頷いてみせる。
「騙されたと思って試してみてください」
「………そうね。騙されたと思ってね」
まだ信じていない様子の女性は軽い調子で頷き返すと、それより、と話を続けた。
「聞いといてもらいたいことがあるのよ。ついこの間、小学校の同級会があったんだけど」
「はあ」
既に離れていた直江の手を、がしっと掴みなおしてくる。
その積極性に高耶は多少引き気味だ。
「その時に、同級生のお父さまがつい先日亡くなったっていう話を聞いたのね」
「ええ」
なんだか全然関係なさそうな話なのに、直江は最後まで聞くつもりのようだ。
「その人、西村くんっていうんだけどね。どうも亡くなったお父さまがしょっちゅう夢枕に立つらしいのよ。それだけでもちょっと怖いんだけどね、なんでもそのお父さまが全国のお友達の家を訪ね歩いてて、その報告に来るんですって」
「報告ですか」
「そうなの。誰々と一緒にそうめんを食べただとか、誰々と一緒にどんな映画を観ただとかね。で、不思議に思った西村くんが話に出てきたお父様のご友人に電話をかけて確認してみると、確かにお昼ご飯がおそうめんだったり、見ていた映画のDVDのタイトルが一致したりするそうなのよ」
「それは怖いですねえ」
「それがね、それだけじゃないのよ。幽霊だから、空をふわ~って飛んでいくんじゃないかと思うじゃない?」
「違うんですか」
「違うの。どうやら飛行機に乗って行ってる、って仰ったらしいのよ」
それを聞いて、ぴく、と高耶が反応する。
「だからね、最近は出勤する度に、もしかしたらそこらへんですれ違うんじゃないかって、びくびくしちゃって」
「なるほど」
「今回は幽霊特集なんでしょう?もし、霊媒師さんを呼ぶなんてことになったら、そっちもお願いしたくって」
「………はい?」
「ほら、よくやってるじゃない。テレビで霊能者呼んでお祓いとかなんとか」
どうやらワイドショーか何かと勘違いしているらしい。
「ああ、我々はテレビの取材ではないんですよ」
「あら、そうなの?あなた、レポーターさんじゃないの?そういえばカメラ、見当たらないものねえ」
その後も、女性のご近所ネタを何件か聞いてやった後で、西村という同級生の住所を教えてもらうことができた。
「行ってみますか」
直江が声をかけると、何かの勘が働いた高耶は、
「ああ」
と迷いなく頷いた。
「手ぇ握る必要なかっただろ」
「はい?」
教えてもらった住所に向かう途中の車内で高耶が話しかけてきた言葉の意味がわからなくて、直江は首を傾げた。
「さっきの、暗示んとき」
「ああ」
直江が暗示の際に女性の手を握ったことを言っているらしい。
まさか、妬いているということはないだろうから、
「………もしかして、うらやましかったですか」
高耶は以外に熟女好きなのだろうか?
「ちげえって」
即座に否定した高耶は、
「おまえの本質をみたってゆーか、真髄をみたってゆーかさ」
感心してんだよ、と腕を組む。
「普段、おまえがどんな風に女の人と接してるのかを垣間見た気がした」
「檀家さんにはあれくらいの年頃の女性も多いですから」
「にしても扱い慣れすぎ」
高耶の直江を見る眼が心なしか冷たい。なんだか"熟女たらし"のレッテルを貼られたようだ。
若い女性の手をいやらしく握ったわけでもなし、いいじゃないかと直江は思う。
「弟子入りしますか、私に。そうしたら長年の研究の結果、独自に編み出した秘蔵テクニックを教えてあげてもいいですけども」
直江は高耶のほうをみた。
「あなたにその素質はなさそうですね」
「………あるって言われても嬉しくねーし」
高耶は本当に嬉しくなさそうな顔で言う。
「敵意を持たれるより、好意を持たれたほうが暗示はかけやすいんですよ」
そう言って、直江は強制的に話を終わらせたが、
「ほんとかよ」
高耶の顔は変わらず不審そうだ。
飛行機の離陸音が聞こえてしまうという女性に会うためだ。
「あら、記者さん。何かわかった?」
売店用のユニフォームを来た40代くらいの女性は、直江をみてにこやかに対応してくれた。
「実はこれをお渡ししようと思いまして。ちょっと手を出して頂けますか」
直江が女性の手に乗せたのは、調達したばかりの"耳栓"だ。
女性が疑問を口にする前に、直江は女性の手を耳栓ごと握り締めた。
「あらあら……」
女性は戸惑いながら直江を見上げる。
「私の目を見ていてください」
言われるがままの女性と視線を合わせて、直江はじっと集中する。
すると、女性の表情が一瞬にして虚ろになった。暗示状態に陥ったためだ。
直江は耳栓を使用している間だけ、一時的に霊力を封じ込める暗示をかけた。
これは慢性的に暗示状態にあると精神を圧迫してしまうことを考慮して、高耶が提案した対策法だ。
「もう大丈夫ですよ」
直江がそう声をかけると、女性がはっと我に返る。
「あら、今私………?」
「もし次に音が聞こえた時は、これをつけて眠ってみてください。きっと何の音もしないはずです」
「……本当に?すごい音なのよ?今までいろんな方法を試したけど、どれも駄目だったのよ?」
当たり前だが半信半疑になる女性に、直江は頷いてみせる。
「騙されたと思って試してみてください」
「………そうね。騙されたと思ってね」
まだ信じていない様子の女性は軽い調子で頷き返すと、それより、と話を続けた。
「聞いといてもらいたいことがあるのよ。ついこの間、小学校の同級会があったんだけど」
「はあ」
既に離れていた直江の手を、がしっと掴みなおしてくる。
その積極性に高耶は多少引き気味だ。
「その時に、同級生のお父さまがつい先日亡くなったっていう話を聞いたのね」
「ええ」
なんだか全然関係なさそうな話なのに、直江は最後まで聞くつもりのようだ。
「その人、西村くんっていうんだけどね。どうも亡くなったお父さまがしょっちゅう夢枕に立つらしいのよ。それだけでもちょっと怖いんだけどね、なんでもそのお父さまが全国のお友達の家を訪ね歩いてて、その報告に来るんですって」
「報告ですか」
「そうなの。誰々と一緒にそうめんを食べただとか、誰々と一緒にどんな映画を観ただとかね。で、不思議に思った西村くんが話に出てきたお父様のご友人に電話をかけて確認してみると、確かにお昼ご飯がおそうめんだったり、見ていた映画のDVDのタイトルが一致したりするそうなのよ」
「それは怖いですねえ」
「それがね、それだけじゃないのよ。幽霊だから、空をふわ~って飛んでいくんじゃないかと思うじゃない?」
「違うんですか」
「違うの。どうやら飛行機に乗って行ってる、って仰ったらしいのよ」
それを聞いて、ぴく、と高耶が反応する。
「だからね、最近は出勤する度に、もしかしたらそこらへんですれ違うんじゃないかって、びくびくしちゃって」
「なるほど」
「今回は幽霊特集なんでしょう?もし、霊媒師さんを呼ぶなんてことになったら、そっちもお願いしたくって」
「………はい?」
「ほら、よくやってるじゃない。テレビで霊能者呼んでお祓いとかなんとか」
どうやらワイドショーか何かと勘違いしているらしい。
「ああ、我々はテレビの取材ではないんですよ」
「あら、そうなの?あなた、レポーターさんじゃないの?そういえばカメラ、見当たらないものねえ」
その後も、女性のご近所ネタを何件か聞いてやった後で、西村という同級生の住所を教えてもらうことができた。
「行ってみますか」
直江が声をかけると、何かの勘が働いた高耶は、
「ああ」
と迷いなく頷いた。
「手ぇ握る必要なかっただろ」
「はい?」
教えてもらった住所に向かう途中の車内で高耶が話しかけてきた言葉の意味がわからなくて、直江は首を傾げた。
「さっきの、暗示んとき」
「ああ」
直江が暗示の際に女性の手を握ったことを言っているらしい。
まさか、妬いているということはないだろうから、
「………もしかして、うらやましかったですか」
高耶は以外に熟女好きなのだろうか?
「ちげえって」
即座に否定した高耶は、
「おまえの本質をみたってゆーか、真髄をみたってゆーかさ」
感心してんだよ、と腕を組む。
「普段、おまえがどんな風に女の人と接してるのかを垣間見た気がした」
「檀家さんにはあれくらいの年頃の女性も多いですから」
「にしても扱い慣れすぎ」
高耶の直江を見る眼が心なしか冷たい。なんだか"熟女たらし"のレッテルを貼られたようだ。
若い女性の手をいやらしく握ったわけでもなし、いいじゃないかと直江は思う。
「弟子入りしますか、私に。そうしたら長年の研究の結果、独自に編み出した秘蔵テクニックを教えてあげてもいいですけども」
直江は高耶のほうをみた。
「あなたにその素質はなさそうですね」
「………あるって言われても嬉しくねーし」
高耶は本当に嬉しくなさそうな顔で言う。
「敵意を持たれるより、好意を持たれたほうが暗示はかけやすいんですよ」
そう言って、直江は強制的に話を終わらせたが、
「ほんとかよ」
高耶の顔は変わらず不審そうだ。
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しろがね つばさ
白銀の翼