しろがね つばさ
白銀の翼
11月も半ばを過ぎ、朝晩はめっきり冷え込むことの多くなった長野県松本市では、昨夜遅くにとうとう初雪が観測された。
日付だけで言えば例年通りなのだが、近隣の地域に比べ積雪量の少ない松本にはめずらしく、朝方まで降り続けた雪が十数センチ降り積もり、朝の日差しのせいで登校路は最悪の状況になっていた。
「ぎゃあ~コケるうう~!!」
「ちょっとぉ、サイアクぅ!!」
雪が溶けたものと溶けきらないものとさらに轍の泥まで混ざって、異様に滑りやすくなっている。
もちろん、凍りついてしまうよりは随分マシだが。
「なりたく~うん!」
森野沙織の大きな声が聞こえてきて、譲は背後を振り返った。
「あ、森野さん、おはよう」
「道路、ひどいねえ~ってあああ!成田くん!ズボンの裾が濡れちゃってるよ!」
「あ、ほんとだ。やだなあ~」
顔をしかめてみせる譲をみて、そんな顔もかっこいい!と沙織は瞳を輝かせるが、もちろん譲はそんなことには気付かない。そうこうしているうちに、沙織に負けない大声が近付いてきた。
「若者ども!備えが甘いなあ!」
見れば千秋が、ぴかぴかの長靴を自慢げにみせつけながらこちらに歩いてくる。
「やだ、千秋くん、それってちょっとイケてない」
「だっておれの大事なお靴ちゃんたちを汚す訳にゃあいかねーもん」
千秋は口を尖らせながらそう言うが、にしても似合わない。
「帰るときには溶けてるかもしれないのに」
譲が突っ込むと、
「あ、ちゃんとスニーカーも持参です」
と、いつもより膨らんだカバンを叩いて見せた。
「ねね、それより今日、こないだの抜き打ちテスト、返って来るよね!千秋くん、出来どうだった?」
「あ~俺?俺はその~、受けてねえっつーか、なんつーか」
「あれ?千秋くんあの日お休みだったっけ」
「う~ん、休みっつーかなんつーか」
「ほら、千秋って忘れっぽいから」
いつもの通り、他愛の無い会話を交わしながら校門をくぐる。
なんだか雪に気を取られてゆっくり歩きすぎたせいなのだろうか。教室に入ってすぐ始業のチャイムがなったもので、三人は慌てて席へと着いた。
ところが譲のひとつ前の席、仰木高耶の席は空のままだ。
「高耶は?」
すぐそばに座る矢崎へと声をかけると、
「まだきてねーよ。ま、いつものことだけど」
と、答えが返ってきた。
「雪のせいでバイクに乗れないから遅いんじゃないかな」
そう言いながら、既に何かあったのではないかと心配になってきている自分がいる。本当に苦労症だな、と苦々しく思いながら教科書を開いた。
けれど、譲のその心配は見事に的中してしまったのだ。
一時間目も終わりの頃になって。
「高耶!」
高耶はこめかみと口元に傷を作って登校してきた。手も指の付け根のあたりが赤く腫れている。明らかにケンカで出来た傷だ。
「大丈夫?」
小声で問いかけながら、また素行を注意するだのなんだの理由をつけて教師に呼び出しをくらうのではないかと心配する譲をよそに、教壇に立っていた気の弱い教師はちょっと注意しただけで済ませてしまった。
それどころか終業のチャイムが鳴ると同時に、トラブルはごめんだというように慌てて教室を出て行く。
それはそれでふがいない、と思う譲だ。
「よっ、大将!おっとこまえっ」
教師が出て行くなり、すぐに千秋が茶化しにやってくる。
「うられたもん、かわねーわけにはいかねーだろ」
高耶は若干、ふてくされているようだ。
「んで、勝ったんだろうな」
「当たり前」
「もう!ケンカはしないって約束だろ!」
全然反省の色の見えない高耶に、譲は本気で怒りたくなった。
「しょーがねーだろ。こっちはそーゆーことから卒業したつもりでいても、いちゃもんつけてくる奴らがいんだから。怒るんならそいつらを怒ってくれ」
そう言うと、ぷいと横を向いてしまう。
「何かやなこと言われたの?」
「……んなんじゃねーよ」
「傷は大丈夫?保健室行く?」
「いーよ。舐めときゃなおる」
世話を焼く譲を見て、千秋は腕組みしながらニヤついている。
「ほんっと、直江といい勝負だよな」
それを聞いて、何故か高耶が千秋を睨んだ。
「どーゆー意味だよ」
「直江も成田も、クソガキを甘やかしすぎだってこと」
「は?」
千秋の一言で高耶はますますへそをまげてしまったようだ。
「オレはクソガキでも甘やかされてもねーよ」
結局そのままずっと、高耶の機嫌が直ることはなかった。
日付だけで言えば例年通りなのだが、近隣の地域に比べ積雪量の少ない松本にはめずらしく、朝方まで降り続けた雪が十数センチ降り積もり、朝の日差しのせいで登校路は最悪の状況になっていた。
「ぎゃあ~コケるうう~!!」
「ちょっとぉ、サイアクぅ!!」
雪が溶けたものと溶けきらないものとさらに轍の泥まで混ざって、異様に滑りやすくなっている。
もちろん、凍りついてしまうよりは随分マシだが。
「なりたく~うん!」
森野沙織の大きな声が聞こえてきて、譲は背後を振り返った。
「あ、森野さん、おはよう」
「道路、ひどいねえ~ってあああ!成田くん!ズボンの裾が濡れちゃってるよ!」
「あ、ほんとだ。やだなあ~」
顔をしかめてみせる譲をみて、そんな顔もかっこいい!と沙織は瞳を輝かせるが、もちろん譲はそんなことには気付かない。そうこうしているうちに、沙織に負けない大声が近付いてきた。
「若者ども!備えが甘いなあ!」
見れば千秋が、ぴかぴかの長靴を自慢げにみせつけながらこちらに歩いてくる。
「やだ、千秋くん、それってちょっとイケてない」
「だっておれの大事なお靴ちゃんたちを汚す訳にゃあいかねーもん」
千秋は口を尖らせながらそう言うが、にしても似合わない。
「帰るときには溶けてるかもしれないのに」
譲が突っ込むと、
「あ、ちゃんとスニーカーも持参です」
と、いつもより膨らんだカバンを叩いて見せた。
「ねね、それより今日、こないだの抜き打ちテスト、返って来るよね!千秋くん、出来どうだった?」
「あ~俺?俺はその~、受けてねえっつーか、なんつーか」
「あれ?千秋くんあの日お休みだったっけ」
「う~ん、休みっつーかなんつーか」
「ほら、千秋って忘れっぽいから」
いつもの通り、他愛の無い会話を交わしながら校門をくぐる。
なんだか雪に気を取られてゆっくり歩きすぎたせいなのだろうか。教室に入ってすぐ始業のチャイムがなったもので、三人は慌てて席へと着いた。
ところが譲のひとつ前の席、仰木高耶の席は空のままだ。
「高耶は?」
すぐそばに座る矢崎へと声をかけると、
「まだきてねーよ。ま、いつものことだけど」
と、答えが返ってきた。
「雪のせいでバイクに乗れないから遅いんじゃないかな」
そう言いながら、既に何かあったのではないかと心配になってきている自分がいる。本当に苦労症だな、と苦々しく思いながら教科書を開いた。
けれど、譲のその心配は見事に的中してしまったのだ。
一時間目も終わりの頃になって。
「高耶!」
高耶はこめかみと口元に傷を作って登校してきた。手も指の付け根のあたりが赤く腫れている。明らかにケンカで出来た傷だ。
「大丈夫?」
小声で問いかけながら、また素行を注意するだのなんだの理由をつけて教師に呼び出しをくらうのではないかと心配する譲をよそに、教壇に立っていた気の弱い教師はちょっと注意しただけで済ませてしまった。
それどころか終業のチャイムが鳴ると同時に、トラブルはごめんだというように慌てて教室を出て行く。
それはそれでふがいない、と思う譲だ。
「よっ、大将!おっとこまえっ」
教師が出て行くなり、すぐに千秋が茶化しにやってくる。
「うられたもん、かわねーわけにはいかねーだろ」
高耶は若干、ふてくされているようだ。
「んで、勝ったんだろうな」
「当たり前」
「もう!ケンカはしないって約束だろ!」
全然反省の色の見えない高耶に、譲は本気で怒りたくなった。
「しょーがねーだろ。こっちはそーゆーことから卒業したつもりでいても、いちゃもんつけてくる奴らがいんだから。怒るんならそいつらを怒ってくれ」
そう言うと、ぷいと横を向いてしまう。
「何かやなこと言われたの?」
「……んなんじゃねーよ」
「傷は大丈夫?保健室行く?」
「いーよ。舐めときゃなおる」
世話を焼く譲を見て、千秋は腕組みしながらニヤついている。
「ほんっと、直江といい勝負だよな」
それを聞いて、何故か高耶が千秋を睨んだ。
「どーゆー意味だよ」
「直江も成田も、クソガキを甘やかしすぎだってこと」
「は?」
千秋の一言で高耶はますますへそをまげてしまったようだ。
「オレはクソガキでも甘やかされてもねーよ」
結局そのままずっと、高耶の機嫌が直ることはなかった。
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白銀の翼