しろがね つばさ
白銀の翼
教えて貰った住所へ着いてみると、かなり広い庭のある立派な家が建っていた。
それだけなら特に変に思ったりはしないのだが。
「ミサイル……じゃねーよなあ?」
庭の片隅に、いやに丸っこいフォルムの飛行機もどきが置かれていた。子供向けの遊具のようにも見えなくはないが、それにしてはしっかり作りこんである。
近寄ってみると、その胴体部分には「日の丸」が描かれていた。
「これは………」
心当たりがあるらしい直江はしばらく考えていたが、
「とりあえず、話を伺ってみましょう」
と言って玄関へと高耶を促した。
チャイムを押して出てきたこの家の奥さんに偽の名刺を渡しつつ、航空関係の雑誌記者などを適当に名乗って家に上がりこんだ二人は、在宅業だというその家の主人に話を聞くことができた。
「あの戦闘機の話ですね」
外国語の本がずらりと並ぶ応接室に通されて、温和そうな西村はすぐに口を開いた。
「あれは父が作らせたもので……、実は父は戦時中、特攻志願をした人だったんですよ」
「特攻……」
思わず復唱してしまう高耶の横で、予想していたらしい直江は深く頷いて言った。
「では、やはり庭のあの機体は」
「ああ、ご存知ですか。そうです、あれは旧帝国海軍の特攻兵器なんです」
もちろんレプリカですが、と西村は言う。
「父は当時を忘れないようにという意味で作ったようなんですが、さすがにオブジェとしてもあまり縁起のいいものではないですからね。当初は散々反対したんですよ」
笑いながら言うところをみると、今はさほど厭に思ってはいないようだ。
「父が亡くなったからといって勝手に処分してしまうのも気が引けますし、どこか博物館のようなところで引き取り手がないか探しているところなんです」
どんどん話が進んでいってしまうから、高耶は小声で直江に尋ねた。
「特攻兵器って?」
「知りませんか」
見当もつかないから、頷くしかない。
「あれは特攻専用に作られた乗り物なんだよ」
西村が高耶に向かっていった。
「特攻……専用?」
「そう。あれに乗って突撃するんだよ。若い人にはもう、なじみがない話だよねえ」
「………すいません」
なんだか知らない自分が悪い気がして、高耶は思わず謝った。
「いやいや」
西村は顔の前で手を横に振った。
「お父様の話を聞かせてもらえますか」
「父ですか。父は……まあ、歳を取ってからは特にね、戦争の話が多くなりましたね。そういう人だと言えばわかりますか?」
「……ええ」
直江は頷いているが、高耶にはやっぱりよくわからない。
「戦後も相当苦労したはずだし、こつこつと努力をしてきた人だったんだけどね。そういう話は殆どしなかったなあ。いつも軍にいた頃の話ばかりで」
西村は上に向けていた視線を下げて、笑った。
「ただおかげで旅行をよくしてね。全国にいる元特攻だって人を訪ねては、当時の話なんかを聞いて、そうだ、本までだしたんですよ」
立ち上がった西村は、洋書ばかりの本棚から紺色の古びた本を取り出した。
手渡された高耶は、パラパラと頁をめくってみる。
「実はここへ来る前、松本空港の方へ寄ってきたんです。そこで同級生の方に聞いたんですが、何でもお父さまが夢枕に立たれたそうですね」
「ああそう、そうなんです。リカちゃんにきいたのかな」
あの女性はリカちゃんというらしい。
「その、飛行機で移動しているという話を詳しく聞きたいんですが───」
直江と西村の話は続いていたが、高耶の頭には入ってこなかった。
本に書いてある手記に集中してしまっている。そこには、初めて聞くような話ばかりが載っていた。
戦争のことについて、高耶は学校でならったことくらいしか知らない。身近に戦争経験者がいなかったせいだ。
「高耶さん」
「………え?」
「そろそろお暇しましょうか」
「ああ」
二人の話は済んだらしい。高耶は慌てて本を閉じた。
「よかったらそれ、持っていってください」
西村が高耶の持つ本を示して言う。
「でも」
「いいんです。父も、若い人にこそ読んでもらいたかったはずですから」
「……じゃあ、いただきます」
「はい、どうぞ」
部屋を出て玄関へ向かう途中、西村が高耶に話しかけてきた。
「不思議だなあと思うでしょう、その本に出てくる人たちのこと」
「え?」
「私も若い頃はわからなかったんだよね。どうして父がここまであの戦争に拘るのか。もう終わった話をいつまでもひきずるのかってね」
高耶は何も言えず黙ってしまった。
もちろん辛い体験だったからこそ、後世に残したいという気持ちはあるだろうが、そういう使命感以外のものが、この本にはあるような気が、高耶にもしていた。
情熱のような、怨念のような……。
それだけなら特に変に思ったりはしないのだが。
「ミサイル……じゃねーよなあ?」
庭の片隅に、いやに丸っこいフォルムの飛行機もどきが置かれていた。子供向けの遊具のようにも見えなくはないが、それにしてはしっかり作りこんである。
近寄ってみると、その胴体部分には「日の丸」が描かれていた。
「これは………」
心当たりがあるらしい直江はしばらく考えていたが、
「とりあえず、話を伺ってみましょう」
と言って玄関へと高耶を促した。
チャイムを押して出てきたこの家の奥さんに偽の名刺を渡しつつ、航空関係の雑誌記者などを適当に名乗って家に上がりこんだ二人は、在宅業だというその家の主人に話を聞くことができた。
「あの戦闘機の話ですね」
外国語の本がずらりと並ぶ応接室に通されて、温和そうな西村はすぐに口を開いた。
「あれは父が作らせたもので……、実は父は戦時中、特攻志願をした人だったんですよ」
「特攻……」
思わず復唱してしまう高耶の横で、予想していたらしい直江は深く頷いて言った。
「では、やはり庭のあの機体は」
「ああ、ご存知ですか。そうです、あれは旧帝国海軍の特攻兵器なんです」
もちろんレプリカですが、と西村は言う。
「父は当時を忘れないようにという意味で作ったようなんですが、さすがにオブジェとしてもあまり縁起のいいものではないですからね。当初は散々反対したんですよ」
笑いながら言うところをみると、今はさほど厭に思ってはいないようだ。
「父が亡くなったからといって勝手に処分してしまうのも気が引けますし、どこか博物館のようなところで引き取り手がないか探しているところなんです」
どんどん話が進んでいってしまうから、高耶は小声で直江に尋ねた。
「特攻兵器って?」
「知りませんか」
見当もつかないから、頷くしかない。
「あれは特攻専用に作られた乗り物なんだよ」
西村が高耶に向かっていった。
「特攻……専用?」
「そう。あれに乗って突撃するんだよ。若い人にはもう、なじみがない話だよねえ」
「………すいません」
なんだか知らない自分が悪い気がして、高耶は思わず謝った。
「いやいや」
西村は顔の前で手を横に振った。
「お父様の話を聞かせてもらえますか」
「父ですか。父は……まあ、歳を取ってからは特にね、戦争の話が多くなりましたね。そういう人だと言えばわかりますか?」
「……ええ」
直江は頷いているが、高耶にはやっぱりよくわからない。
「戦後も相当苦労したはずだし、こつこつと努力をしてきた人だったんだけどね。そういう話は殆どしなかったなあ。いつも軍にいた頃の話ばかりで」
西村は上に向けていた視線を下げて、笑った。
「ただおかげで旅行をよくしてね。全国にいる元特攻だって人を訪ねては、当時の話なんかを聞いて、そうだ、本までだしたんですよ」
立ち上がった西村は、洋書ばかりの本棚から紺色の古びた本を取り出した。
手渡された高耶は、パラパラと頁をめくってみる。
「実はここへ来る前、松本空港の方へ寄ってきたんです。そこで同級生の方に聞いたんですが、何でもお父さまが夢枕に立たれたそうですね」
「ああそう、そうなんです。リカちゃんにきいたのかな」
あの女性はリカちゃんというらしい。
「その、飛行機で移動しているという話を詳しく聞きたいんですが───」
直江と西村の話は続いていたが、高耶の頭には入ってこなかった。
本に書いてある手記に集中してしまっている。そこには、初めて聞くような話ばかりが載っていた。
戦争のことについて、高耶は学校でならったことくらいしか知らない。身近に戦争経験者がいなかったせいだ。
「高耶さん」
「………え?」
「そろそろお暇しましょうか」
「ああ」
二人の話は済んだらしい。高耶は慌てて本を閉じた。
「よかったらそれ、持っていってください」
西村が高耶の持つ本を示して言う。
「でも」
「いいんです。父も、若い人にこそ読んでもらいたかったはずですから」
「……じゃあ、いただきます」
「はい、どうぞ」
部屋を出て玄関へ向かう途中、西村が高耶に話しかけてきた。
「不思議だなあと思うでしょう、その本に出てくる人たちのこと」
「え?」
「私も若い頃はわからなかったんだよね。どうして父がここまであの戦争に拘るのか。もう終わった話をいつまでもひきずるのかってね」
高耶は何も言えず黙ってしまった。
もちろん辛い体験だったからこそ、後世に残したいという気持ちはあるだろうが、そういう使命感以外のものが、この本にはあるような気が、高耶にもしていた。
情熱のような、怨念のような……。
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しろがね つばさ
白銀の翼