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しろがね つばさ
 白銀の翼
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「飛行機の憑喪神?」
 直江が言うには、何でも飛行場に夜な夜な現れる飛行機の幽霊がいるらしい。
「まあ、そうなりますかね」
 勝手に離発着するジェット機があるというのだ。
 直江も戦時中墜落した戦闘機が飛行する霊障なんていうのは聞いたことがあるらしいが、ジェット機というのは初めてだそうだ。
「そいつがなんか悪さをしてるわけ?人を乗せて飛び立って、そのまま帰ってこないとか」
「いえ、まだそこまで具体的にわかってはいません。そういう現象があるというだけで」
「そっか」
 人的被害がないと聞いて、高耶は内心気が抜けてしまった。
(こんなの、軒猿の仕事だよな)
 でなきゃ千秋にでも任せればいいのに。直江がわざわざ宇都宮から来ることもない。
 なんとなく、直江の行動の裏に意図を感じつつも、
(まあいっか)
 高耶は無理やり納得した。
 パーキングエリアを見に行ったついでなのだろうし。自分はウマい飯が食えるわけだし。
 それにその勝手に飛び回っているジェット機の陰には、また苦しんでいる魂があるのかもしれない。
 なら、自分が行く意味はある。できる限りのことをしよう。
 そう考えながらもあまりに暖かい車内でうとうとし始めたところで、もう空港に着いてしまった。
 実は来たことがなかったのだ高耶は、思った以上に近くてびっくりだ。
「ここかあ」
 山間とは思えないようなだだっ広い平地がそこには広がっていた。
 空港だから当たり前なのだが、併設されている公園設備が更に開放感を感じさせる。
 溶けきらない雪が、まだあちらこちらに残っていた。
 平日の午後であるせいか、人の姿も殆ど見えない。
 冷たい風がびゅうびゅうと吹き抜けていく。
 寒いな、と思うより早く、直江が自分の上着を高耶の肩にかけてきて、更にその風から庇うようにして立った。
「まずは聞き込みですね。いきましょう」
 直江のそういう行為にすっかり慣れきってしまった高耶は、まるでそれが当たり前のような顔でターミナルビルへと入っていった。


「景虎様」
 飲食店のほうを聞き込んできた直江が、足早に戻ってきた。
 ビル内に入ってからは二手に分かれて、例によって雑誌記者などを名乗って聞き込んでまわってみたのだが。
「どうでした」
「駄目だな」
 引退したジェット機の幽霊らしい、とか、夜中に離発着する大きな音が聞こえるらしい、とかあいまいな噂話は聞けたが、肝心の目撃証言は得られなかった。
「その離発着の音をきいたというのは、どうやら売店の女性のようですね」
 家が近所の彼女は、たまに夜中に大きな音が聞こえるのだと言っていたそうだ。
 しかし彼女がその音を訴えても、家族や近所の人間にはまるで聞こえないのだという。
「少し、霊力の強い方のようでした」
 その力を敏感に察した雑霊や何かが、彼女に数体くっついていたそうだ。
 けれど、彼女にしてみても被害といったらせいぜいその音のせいで寝不足になるということくらいのようだ。
「後は、滑走路の霊査ができりゃあな」
 さすがに雑誌記者の肩書きではそこまで入り込めないから暗示を使っての潜入となる。
 しかし、高耶はそこまでする必要がないと思った。
「被害がねえのに、わざわざそこまでしなくてもいいだろ。こんだけ近いんだし、もし何かあればオレと千秋とでまた来るさ」
「そうですね」
 直江もそれで納得したようだ。
「では、今日のところは戻りましょうか」
 結局直江の予想通り、早めの夕飯となりそうだった。
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 帰途に着く前に、ふたりはもう一度売店を訪れることになった。
 飛行機の離陸音が聞こえてしまうという女性に会うためだ。
「あら、記者さん。何かわかった?」
 売店用のユニフォームを来た40代くらいの女性は、直江をみてにこやかに対応してくれた。
「実はこれをお渡ししようと思いまして。ちょっと手を出して頂けますか」
 直江が女性の手に乗せたのは、調達したばかりの"耳栓"だ。
 女性が疑問を口にする前に、直江は女性の手を耳栓ごと握り締めた。
「あらあら……」
 女性は戸惑いながら直江を見上げる。
「私の目を見ていてください」
 言われるがままの女性と視線を合わせて、直江はじっと集中する。
 すると、女性の表情が一瞬にして虚ろになった。暗示状態に陥ったためだ。
 直江は耳栓を使用している間だけ、一時的に霊力を封じ込める暗示をかけた。
 これは慢性的に暗示状態にあると精神を圧迫してしまうことを考慮して、高耶が提案した対策法だ。
「もう大丈夫ですよ」
 直江がそう声をかけると、女性がはっと我に返る。
「あら、今私………?」
「もし次に音が聞こえた時は、これをつけて眠ってみてください。きっと何の音もしないはずです」
「……本当に?すごい音なのよ?今までいろんな方法を試したけど、どれも駄目だったのよ?」
 当たり前だが半信半疑になる女性に、直江は頷いてみせる。
「騙されたと思って試してみてください」
「………そうね。騙されたと思ってね」
 まだ信じていない様子の女性は軽い調子で頷き返すと、それより、と話を続けた。
「聞いといてもらいたいことがあるのよ。ついこの間、小学校の同級会があったんだけど」
「はあ」
 既に離れていた直江の手を、がしっと掴みなおしてくる。
 その積極性に高耶は多少引き気味だ。
「その時に、同級生のお父さまがつい先日亡くなったっていう話を聞いたのね」
「ええ」
 なんだか全然関係なさそうな話なのに、直江は最後まで聞くつもりのようだ。
「その人、西村くんっていうんだけどね。どうも亡くなったお父さまがしょっちゅう夢枕に立つらしいのよ。それだけでもちょっと怖いんだけどね、なんでもそのお父さまが全国のお友達の家を訪ね歩いてて、その報告に来るんですって」
「報告ですか」
「そうなの。誰々と一緒にそうめんを食べただとか、誰々と一緒にどんな映画を観ただとかね。で、不思議に思った西村くんが話に出てきたお父様のご友人に電話をかけて確認してみると、確かにお昼ご飯がおそうめんだったり、見ていた映画のDVDのタイトルが一致したりするそうなのよ」
「それは怖いですねえ」
「それがね、それだけじゃないのよ。幽霊だから、空をふわ~って飛んでいくんじゃないかと思うじゃない?」
「違うんですか」
「違うの。どうやら飛行機に乗って行ってる、って仰ったらしいのよ」
 それを聞いて、ぴく、と高耶が反応する。
「だからね、最近は出勤する度に、もしかしたらそこらへんですれ違うんじゃないかって、びくびくしちゃって」
「なるほど」
「今回は幽霊特集なんでしょう?もし、霊媒師さんを呼ぶなんてことになったら、そっちもお願いしたくって」
「………はい?」
「ほら、よくやってるじゃない。テレビで霊能者呼んでお祓いとかなんとか」
 どうやらワイドショーか何かと勘違いしているらしい。
「ああ、我々はテレビの取材ではないんですよ」
「あら、そうなの?あなた、レポーターさんじゃないの?そういえばカメラ、見当たらないものねえ」
 その後も、女性のご近所ネタを何件か聞いてやった後で、西村という同級生の住所を教えてもらうことができた。
「行ってみますか」
 直江が声をかけると、何かの勘が働いた高耶は、
「ああ」
と迷いなく頷いた。


「手ぇ握る必要なかっただろ」
「はい?」
 教えてもらった住所に向かう途中の車内で高耶が話しかけてきた言葉の意味がわからなくて、直江は首を傾げた。
「さっきの、暗示んとき」
「ああ」
 直江が暗示の際に女性の手を握ったことを言っているらしい。
 まさか、妬いているということはないだろうから、
「………もしかして、うらやましかったですか」
 高耶は以外に熟女好きなのだろうか?
「ちげえって」
 即座に否定した高耶は、
「おまえの本質をみたってゆーか、真髄をみたってゆーかさ」
 感心してんだよ、と腕を組む。
「普段、おまえがどんな風に女の人と接してるのかを垣間見た気がした」
「檀家さんにはあれくらいの年頃の女性も多いですから」
「にしても扱い慣れすぎ」
 高耶の直江を見る眼が心なしか冷たい。なんだか"熟女たらし"のレッテルを貼られたようだ。
 若い女性の手をいやらしく握ったわけでもなし、いいじゃないかと直江は思う。
「弟子入りしますか、私に。そうしたら長年の研究の結果、独自に編み出した秘蔵テクニックを教えてあげてもいいですけども」
 直江は高耶のほうをみた。 
「あなたにその素質はなさそうですね」
「………あるって言われても嬉しくねーし」
 高耶は本当に嬉しくなさそうな顔で言う。
「敵意を持たれるより、好意を持たれたほうが暗示はかけやすいんですよ」
 そう言って、直江は強制的に話を終わらせたが、
「ほんとかよ」
 高耶の顔は変わらず不審そうだ。
 教えて貰った住所へ着いてみると、かなり広い庭のある立派な家が建っていた。
 それだけなら特に変に思ったりはしないのだが。
「ミサイル……じゃねーよなあ?」
 庭の片隅に、いやに丸っこいフォルムの飛行機もどきが置かれていた。子供向けの遊具のようにも見えなくはないが、それにしてはしっかり作りこんである。
 近寄ってみると、その胴体部分には「日の丸」が描かれていた。
「これは………」
 心当たりがあるらしい直江はしばらく考えていたが、
「とりあえず、話を伺ってみましょう」
と言って玄関へと高耶を促した。
 チャイムを押して出てきたこの家の奥さんに偽の名刺を渡しつつ、航空関係の雑誌記者などを適当に名乗って家に上がりこんだ二人は、在宅業だというその家の主人に話を聞くことができた。
「あの戦闘機の話ですね」
 外国語の本がずらりと並ぶ応接室に通されて、温和そうな西村はすぐに口を開いた。
「あれは父が作らせたもので……、実は父は戦時中、特攻志願をした人だったんですよ」
「特攻……」
 思わず復唱してしまう高耶の横で、予想していたらしい直江は深く頷いて言った。
「では、やはり庭のあの機体は」
「ああ、ご存知ですか。そうです、あれは旧帝国海軍の特攻兵器なんです」
 もちろんレプリカですが、と西村は言う。
「父は当時を忘れないようにという意味で作ったようなんですが、さすがにオブジェとしてもあまり縁起のいいものではないですからね。当初は散々反対したんですよ」
 笑いながら言うところをみると、今はさほど厭に思ってはいないようだ。
「父が亡くなったからといって勝手に処分してしまうのも気が引けますし、どこか博物館のようなところで引き取り手がないか探しているところなんです」
 どんどん話が進んでいってしまうから、高耶は小声で直江に尋ねた。
「特攻兵器って?」
「知りませんか」
 見当もつかないから、頷くしかない。
「あれは特攻専用に作られた乗り物なんだよ」
 西村が高耶に向かっていった。
「特攻……専用?」
「そう。あれに乗って突撃するんだよ。若い人にはもう、なじみがない話だよねえ」
「………すいません」
 なんだか知らない自分が悪い気がして、高耶は思わず謝った。
「いやいや」
 西村は顔の前で手を横に振った。 
「お父様の話を聞かせてもらえますか」
「父ですか。父は……まあ、歳を取ってからは特にね、戦争の話が多くなりましたね。そういう人だと言えばわかりますか?」
「……ええ」
 直江は頷いているが、高耶にはやっぱりよくわからない。
「戦後も相当苦労したはずだし、こつこつと努力をしてきた人だったんだけどね。そういう話は殆どしなかったなあ。いつも軍にいた頃の話ばかりで」
 西村は上に向けていた視線を下げて、笑った。
「ただおかげで旅行をよくしてね。全国にいる元特攻だって人を訪ねては、当時の話なんかを聞いて、そうだ、本までだしたんですよ」
 立ち上がった西村は、洋書ばかりの本棚から紺色の古びた本を取り出した。
 手渡された高耶は、パラパラと頁をめくってみる。
「実はここへ来る前、松本空港の方へ寄ってきたんです。そこで同級生の方に聞いたんですが、何でもお父さまが夢枕に立たれたそうですね」
「ああそう、そうなんです。リカちゃんにきいたのかな」
 あの女性はリカちゃんというらしい。
「その、飛行機で移動しているという話を詳しく聞きたいんですが───
 直江と西村の話は続いていたが、高耶の頭には入ってこなかった。
 本に書いてある手記に集中してしまっている。そこには、初めて聞くような話ばかりが載っていた。
 戦争のことについて、高耶は学校でならったことくらいしか知らない。身近に戦争経験者がいなかったせいだ。
「高耶さん」
「………え?」
「そろそろお暇しましょうか」
「ああ」
 二人の話は済んだらしい。高耶は慌てて本を閉じた。
「よかったらそれ、持っていってください」
 西村が高耶の持つ本を示して言う。
「でも」
「いいんです。父も、若い人にこそ読んでもらいたかったはずですから」
「……じゃあ、いただきます」
「はい、どうぞ」
 部屋を出て玄関へ向かう途中、西村が高耶に話しかけてきた。
「不思議だなあと思うでしょう、その本に出てくる人たちのこと」
「え?」
「私も若い頃はわからなかったんだよね。どうして父がここまであの戦争に拘るのか。もう終わった話をいつまでもひきずるのかってね」
 高耶は何も言えず黙ってしまった。
 もちろん辛い体験だったからこそ、後世に残したいという気持ちはあるだろうが、そういう使命感以外のものが、この本にはあるような気が、高耶にもしていた。
 情熱のような、怨念のような……。
 生きながらの怨霊。
 再度、庭に置かれたレプリカの前に立ってみて、高耶は西村の父親のことについてそう思った。
 何かにとり憑かれたような執着が、彼の残した本から感じ取れる。
 それは戦争そのものに対する想いだったのだろうか。死んでいった友人達へのものだったのだろうか。
「その本、供養してあげたほうがいいかもしれませんね」
「え?」
「少し、念が篭りすぎているようです」
 だからか、と高耶は納得がいった。
「それって、何に対するものなのかわかるか?」
「さあ、そこまでは。晴家ならわかるのかもしれませんが」
 けれど、と直江は静かに言葉を続ける。
「気持ちはわからないでもありません」
「このじーさんの?」
 高耶が本を持ち上げてみせた。
「ええ。西村さんのお父さんにとっては、若い、いわば青春の時代に文字通り命をかけた出来事だったはずですから。人生を通してみたときに重要な出来事だったとしてもおかしくありません」
「…………」
 青春真っ只中の高耶には、いまいちピンとこない。
「戦時中の話になると、体験者の人達は大抵、口がとても軽くなるか、とても重くなるかのどちらかであることが多いと思います。西村老人は前者のようでしたから」
「話したがらない人は何でなんだ?」
「………二度と思い出したくないような経験をしたということでしょうか」
 そういわれて、高耶は気付く。そうか、直江は戦争を経験しているのだ。
「おまえにとっては、どっちだったんだ」
 直江は一瞬だけ、眼を瞠った。
「私にとっては………どちらかといえば、後者ですね………」
「………そっか」
 直江が言いよどむから、それ以上は聞かずにおいたのだが、言い訳のように直江が付け足してきた。
「当時、あの戦争にかかわらずにいられた日本人はいなかったと思いますよ」
「…………」
 高耶は紺色の表紙の、銀色の題字に触れた。
「特攻って、敵に突っ込んでいくやつだろ。そんなんで、ほんとに勝てると死んだ奴らは信じてたのか」
「有効な作戦だと思っていた人間は、軍部に限って言えば案外少なかったのかもしれませんね。反対意見もあったようですし。中にはもう連合軍には勝てないと悟って、それでも特攻任務を遂行した人もいたようです」
「………え?なんで……」
「そうですね………。敗者の意地というか」
 直江は少し苦しげな表情になった。
「自分の最期は、自分で決めたかったのかもしれません。勝者とは係わりのないところで」
 意味が掴めないでいる高耶に、直江は更に言葉を続ける。
「戦争が終わってしまえば連合軍側にどう扱われるかという不安があったのかもしれません。そうでなくとも国のため、家族のために死んでいく行為を名誉だと考えている人々は多かったと思いますけど」
 高耶は納得がいかなかった。
「………みんな自分のためだけに生きればよかったんだ。何かのために死ぬだなんて、そんなの」
「死=不幸とはみなされていなかったんですよ。まだ、自ら腹を切る人間すらいた時代ですから。潔いことが美徳とされた。たとえすり返られた大義名分でも、それを信じて死んでいけたのなら、きっと後悔はなかったでしょう」
「すり返られた大義名分?」
「誰もが人殺しを強要される世の中において、"国のため"や"人のため"は正当性のある立派な大義名分として受け入れられるということです」
「みんな心の底からそう思ってたわけじゃないって意味か?」
「………このことは、散々あなたともした話なんですが」
 直江は少し硬い表情で口を開く。
「本来、人はそれぞれの夢や目標を持って生きていくはずです。けれど突然、他人を殺さなければ自分が死んでしまうという状況に放り出されてしまった。夢や目標などとはもう言っていられません。しかも、人の命を奪うという行為に、人は思う以上にストレスを感じます。正当性がなくては躊躇ってしまう。だから、生き延びるために大義名分に頼らざるを得なかった、と」
「軍が、国がそう仕向けたってことか」
「誰かのせいとは言い切れません。望む望まないにかかわらず、たくさんの人間が皆、"何か"のために一丸となって戦う。それが戦争です。後になって考えれば、回避も出来たかもしれない。命をかけるようなことではなかったと思うこともあるかもしれない。でも当時は、命をかけてこそ、でした」
「……………」
 大義名分とか何とかはよくわからないが、自分を救ってくれる何かに頼ってしまいたくなる気持ちはよくわかる。例えそれが、正しいことかどうかわからなくても。
 高耶は直江をみた。
 軽く俯いたその表情は、相変わらず硬い。当時のことを思い返しているのだろうか。
 高耶の中には、未だ警鐘が鳴り続けていた。
 この男に甘えては駄目だ、この男だけは駄目だ、と頭の隅の方からいつも何者かが訴えてくる。
 だけど。
 教室を出た頃の暗い気持ちはもうすっかり消えていた。あの重苦しかった心がすっかり軽くなっている。直江はいつも、高耶の心を軽くしてくれる。そういうものにすがりつきたくなるのは当然じゃないか。
(もしかしたら)
 高耶に絡んできた今朝のヤツらやあの暴言教師は、高耶を傷つけることによって苦しみが軽くなるような作用が心に働くのかもしれない。高耶を貶めたいと思う気持ちに抗えないのかもしれない。それが真実ならかなり迷惑な話だけれど。
 哀れだな、と高耶は思った。
(オレなんかに拘ったって、何もならないのに)
 きっと何の意味も持たない行為だ。今度会ったら、そう言ってやろう。もっと、有意義なことをしろ、と。
 そんなことを考えていたら、直江がじっとこちらを見ていた。
 その視線に気付いた高耶は、その場を繕うに言った。
「やっぱり殺し合いなんて無意味だって思う。どんな理由があったとしても。けどさ」
 風にあおられた前髪がくすぐったくてかきあげる。
「《調伏》だって武力行使だろ。人のことなんて言えない」
「私達の相手は死者ですから。生きた人間ではありません」
「でも、解決方法としては一緒だ。紛れもない、チカラづくってやつだ」
「そうですね。………ならばせめて、自分たちの争いごと………《闇戦国》においてだけは、あれほどの犠牲者を出すのは避けたいですね」
「………ああ」
 もう一度紺色の表紙を開こうとして何かの気配に気付いた高耶は、ハッと顔をあげた。
「直江」
 機体の日の丸の脇に、見知らぬ老人の霊が立っている。
『今日は、福岡の友達のところへいく』
 最初から老人は、今からどこへ行くだとか、どんな友人に会うのだとか、そういった話しかしなかった。
 話しかけた高耶が何を訊いても、自分の話したいことしか話さないのだ。
『一度も結婚はしなかったけど、今は弟夫婦と、とても立派な家に住んでいるんだ』
 その友人の話を、自分のことのように嬉しそうに話している。
 その表情やしぐさからは、本に込められていたような、じくじくと湿った感情はまるで感じない。
 とても明るいものだった。
『会うのはものすごく久しぶりなんだ』
 先程直江が話をした息子のほうの西村によると、西村老人は全国各地を飛び回っているのだという。それだけいろんな場所に友人がいるというのも、少しうらやましい話だ。
『そろそろ出発時間だ』
 どこか息子に似た笑顔で、西村老人はそう言った。
 今から松本空港の福岡便に乗るのだという。
 直江が知る限りでは、もう福岡への便は無いはずだ。
 ということは。
「どんな飛行機で行くんだ?」
 高耶も幽霊飛行機の出番だということに気付いたようだ。
『白いやつだ。真っ白なやつ』
 老人の顔が何故か自慢げに輝いた。
「いや、色じゃなくて……」
 説明しかけた高耶は、結局口をつぐんでしまった。
 老人を見つめていると、わくわくしている気持ちがこちらまで伝わってくるようだ。
 きっとそれが高耶にも伝染したに違いない。
『間に合わなくなる、急がないと』
 そう言っていなくなってしまった老人の、出立を見届けたいと言い出した。
「空港まで行こうぜ。せっかくだから」
 明らかに期待に満ちた顔で、高耶は直江にそう言ってきた。


 空港に付いた頃には、もう陽が半分落ちかけている。
 展望デッキにあがってみて、直江は息をのんだ。
「すげえ……」
 高耶も興奮気味に呟く。
 老人が自慢気になるのもわかるような気がした
 まるで雪でできたような真っ白な機体は、見たことも無いくらい大きなもので、流線型の滑らかな形をしている。その近未来的な巨大飛行機は、うっすらと透き通っていて、まだわずかに残っている雪が、夕ざしを反射してきらきらと輝いているのが機体越しに見通せた。それはまるで、機体が自体が光っているようにもみえる。
「見物客呼んで、金とれるんじゃねーの」
 フェンスに手をかけて身を乗り出した高耶は楽しそうにそう言った。
「誰もがみられる訳ではないですから」
 もちろん霊力のある人間でないと見られない。直江が窘めていると、程なくして機体が動き出した。
 半透明のせいか、見ている限りではあまり重さを感じさせないが、それでもゆっくりじっくりと時間をかけて滑走路の端に移動した機体は、何かの合図を得たかのように、突然走り始めた。
 とたんに、
「ぎゃああ!すげー音!」
 通常の何十倍もの離陸音があたりに響き始めて、慌てて耳を塞いだ。
「西村老人の作り上げた霊障ですから、彼にとっての飛行機の印象というのがこういうものだったのでしょうね!」
「はあ!?なんかいったか!?」
 スペースシャトルの打ち上げでもここまでうるさくはないのではないか、というくらいの轟音が続き、しばらくは会話にならなかった。やがて飛び立って空のかなたに機体が消えた後も、耳がキンキンと鳴って痛かった。
「確かにこれを深夜にやられたらつらいかもしれませんね」
 霊力に違いがあるとはいえ、あの売店の女性も相当ストレスを感じていたに違いない。
 高耶はまだ耳に違和感を覚えるのか、頭を振りながら飛行機の消え去った方角をみていた。
「あれって、本当に博多にいくのか?」
「どうでしょう。もしそうだとしたら、全国の着陸先で話題になっているかもしれませんね。軒猿への調査事項に入れておきましょうか」
 怨将動向の報告書の中に、西村老人の動向が混ざって届いたら楽しいかもしれない。
「帰ってくるところもみてみてーな」
 高耶は無邪気にそう言った。
「調伏、しなくていいんですか?」
「したくない。気が済んだら、成仏するだろ」
「そうですが」
「けど、あの世で死んだ仲間と再会しちまったら、どうするんだろうな……」
 高耶はしんみりと言った。
 直江の中に"あの世"といった感覚はないが、高耶はその想像を膨らませているようだ。
「例えばさ、絶対に日本が勝つって思って死んでった人とかにさ、責められたりしたらつらいよな」
「………そうですね」
 答えながら、直江は嫌悪感で胸がいっぱいになった。
 敗者が他人を責めるなど見苦しい。
 死んだことも敗けたことも自分の行動の結果であり、責任なのだと直江は思う。
 どんな結果であれ、そうなった原因は全て自分自身の中にあるはずだ。
「まあでも、勝ち負けって結果論だろ」
 高耶が直江を振り返って言う。
「戦争だと、ちょっと違うかもしんねーけど。例えば、陸上選手が走る前から自分の順位を恐がって逃げ出すわけにはいかないしな。きっと最後まで走り続けるしかない。結果がどうであれ、勝負から逃げださずに走ったことに、意味があるって思いたいよな」
 直江は黙って頷いた。
 最後まで、走り続ける。最期まで。
 そのとき、自分と高耶の間にどんな結果がでるのだろうか。
 なんにしても逃げるつもりはない。
 そして敗けるつもりもない。
 自分の勝利でレースを終える、その時まで。
 ひたすら走り続けるしかないのだ。
「直江」
「……… はい?」
「腹減った」
 高耶の素直な物言いに思わず笑みが浮かんで、直江は暗い考えからしっかりと頭を切り替えることができた。
「すっかり遅くなってしまいましたね。どこかこの近くで食事にしましょうか」
「冗談、鉄板焼きが待ってんだろ。戻んぞ!」
 本日一番の気合のこもった声を出して、高耶は風をきって歩き始めた。
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連載Index

しろがね つばさ
 白銀の翼

01         更新日2009年10月30日
02  03  04  更新日2009年11月06日
05  06      更新日2009年11月13日
07  08      更新日2009年11月20日
09         更新日2009年11月27日
10  11      更新日2009年12月4日
        










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